安土桃山時代に来日したザビエルは何をしたのか

安土桃山時代に日本にやってきた人物の中にはフランシスコザビエルという人物がいます。

ザビエルはキリスト教をもたらした人物としても有名ですよね。

歴史の授業では必ず出てくる人物の1人です。

それならば、具体的にザビエルは何をしたのでしょうか。

ここでは安土桃山時代に日本にやってきたイエズス会の1人、フランシスコザビエルについて解説します。

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ザビエルの来日

もともと世界キリスト教を広めたいと考えていたイエズス会は、ポルトガル王のジョアン3世の依頼によって当時はまだポルトガル領だったインドのゴアに会員を派遣することにしました。

ザビエルはこれによって1541年4月7日、ポルトガルの首都であるリスボンを出発し、4ヶ月後はアフリカのモザンビークに到着し、そこからインドにやってきたのです。

1548年11月にゴアで宣教監督となったザビエルは、インドのゴアを出発して日本を目指しました。

1549年8月15日に今の鹿児島県に到着し、この日はカトリックにおける聖母昇天の祝日であったことからザビエルは日本を聖母マリアに捧げたと言われています。

日本での宣教

1550年8月、ザビエルたちは平戸で選挙活動を開始しました。

10月には平戸を出て山口県に入り、選挙活動を行ったものの、当時一般的であった男色を罪とするキリスト教の教えが人々の怒りを買ってしまい、山口県を出ることとなったのです。

1551年には念願の京都に到着しました。

当時の後奈良天皇や足利義輝にも謁見を試みましたが、献上のための品がないということで断られてしまったのです。

また、比叡山延暦寺の僧侶たちと宗教に関する論争をしようとしましたがこれも断られてしまいました。

室町幕府が原因を失墜していた頃だったため、タイミングが悪かったのではないかと考えられています。

献上品

山口県に戻ったザビエルは、1551年4月に大内義隆に謁見することができました。

この時は献上品が重要であるということを理解していたため、望遠鏡、琴、置き時計、メガネ、絵画、小銃などを持参したと言われています。

このように考えると、ザビエルは日本に初めて眼鏡を持ち込んだ人物であると言えるのです。

これによって義隆はザビエルの宣教を許可し、信仰の自由というものを認めるようになりました。

そしてその時点で既に廃墟となっていた大道寺を住居兼教会として与えたのです。

まとめ

いかがでしょうか。

ザビエルと聞くと日本に初めてキリスト教を持ち込んだ人物というイメージを持っている人も多いでしょうが、実はそれだけではありません。

むしろザビエルは日本で苦労してキリスト教を広めていったとも言えるでしょう。

しかし、イエズス会が九州を手中に収めていたため、これに危機感を覚えた豊臣秀吉によってキリスト教は禁止されていくのです。

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