安土桃山時代に日本にやってきた外国人

安土桃山時代と言えば、織田信長と豊臣秀吉が政権を握った時代として知られていますよね。

しかし、織田信長といえば長篠の戦や本能寺の変、豊臣秀吉といえば天下統一や刀狩り、太閤検地などしか分からない、という人も多いのではないでしょうか。

この時代は南蛮貿易が繰り広げられ、中国を介すことなく日本が西欧列強と直接やり取りができた時代であり、だからこそヨーロッパの多くの文化が日本に入り込みました。

そんなこの時代には、どのような外国人が日本にやってきたのでしょうか。

ここでは、安土桃山時代に日本にやってきた外国人について解説します。

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フランシスコ・ザビエル

安土桃山時代に日本にやってきた外国人といえば、誰もがフランシスコ・ザビエルを思い浮かべるのではないでしょうか。

ザビエルは1549年、今の鹿児島県鹿児島市に来日しました。

ザビエルは誰もが知る、キリスト教を日本に持ち込んだ人物ですね。

ザビエルが日本にやって来た日は聖母被昇天の祝日だったため、彼は聖母マリアに日本を捧げたと言われています。

ルイス・フロイス

フランシスコ・ザビエルと同様にイエズス会の宣教師であり、ポルトガルから日本にやってきたルイス・フロイスは日本で宣教活動を行い、織田信長や豊臣秀吉にも会見したという経過を持っています。

ルイス・フロイスは特にこの時代を研究する上で欠かせないとされる資料、『日本史』を執筆したことでも知られています。

1589年、豊臣秀吉がキリスト教の宣教を禁じ、バテレン追放令を発布しました。

しかし、フロイスら宣教師たちは日本を出なかったと言われています。

アレッサンドロ・ヴァリニャーノ

アレッサンドロ・ヴァリニャーノも安土桃山時代に日本を訪れたイエズス会の司祭です。

彼は天正遣欧少年使節団の派遣を計画し、実施した人物としても知られています。

ヴァリニャーノは1579年、日本に向けて出発しました。

同年日本に辿り着き、1582年まで日本に滞在します。

彼はイエズス会の在り方やカトリックの慣習を日本に押し付けるのではなく、自分たちを日本文化に適応させるという適応主義を主張しました。

この時代に同じく宣教活動に励んでいたフランシスコ会やドミニコ会はあくまでも自分たちのやり方の方が大切という考え方を持っていたため、ヴァリニャーノの在り方は斬新でした。

そして彼は日本でイエズス会以外が宣教活動を行うことを阻止しようとしたのです。

まとめ

いかがでしょうか。

安土桃山時代に日本にやってきた外国人は少なくありませんが、その多くは宣教師でもありました。

その後秀吉の時代にキリスト教は禁止されますが、それでもキリスト教は日本に大きな影響をもたらしたのです。

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