安土桃山時代の人口はどのくらいだったのでしょうか。
また、その前後の時代と比べて人口は減ったのでしょうか、
それとも増えたのでしょうか。
ここでは安土桃山時代の人口について解説します。
戦国時代だから多くの人が死んだのか?
安土桃山時代の直前は戦国時代というものでした。
室町時代の後半は戦国時代と言われており、その戦国時代と安土桃山時代の境目は未だに明らかにはされていません。
だからこそ、安土桃山時代も戦国時代の1部だと考える人もいるのです。
そんな中で、戦国時代とも考えられる安土桃山時代は多くの戦いが起こったからこそ、多くの人が戦死した、つまり人口が減ったのではないかと考える人もいるかもしれませんね。
確かに中国の戦国時代である三国志の時代では、157年には56,000,000人の人口がいましたが、220年頃には8,180,000人と減っており、7分の1ほどに減少しているのです。
しかし、実は戦国時代の人口は減ってはいません。
1450年代には10,000,000人程度でしたが、1600年には16,000,000人程度の人口に増えているのです。
戦国時代から安土桃山時代にかけて人口が増えた理由1
なぜ、戦国時代とも言える安土桃山時代の人口は増えたのでしょうか。
実はこの時代は気候が安定したことにより、命を落とす危険があるような病気が早くなかったということが考えられます。
また日本は島国ですから、アジア大陸などでコレラやペストが流行していても日本に入ってくることはありませんでした。
だからこそ病気が増えず、日本人の人口が減らなかったと考えられています。ちなみに、黒船などが日本に入ってくるようになって病気が蔓延し、多くの人が命を落とします。
また、農業記述が向上したことによって安定した職業が確保でき、食べるものに困らなかったということも挙げられます。
戦国時代から安土桃山時代にかけて人口が増えた理由2
さらに商人が社会進出をするようになりました。
安土桃山時代になると農民たちは領主に従属するのではなく、自分たちで職業を選ぶことができるようになりました。
つまり、戦に出たくない場合は戦に出たくないということが可能になり、無駄な犠牲を被ることがなくなったのです。
特に農民は農作物を作る立場にありますから、農民が戦で命を落とすという事は国の収入が減ってしまうということになり、避けられるべき事態だったのです。
また商人も力をつけるようになり、貨幣が流通し、経済が発展しました。
それによって人口が増えたと考えられています。
まとめ
いかがでしょうか。
安土桃山時代の人口は減るどころか急激に増えていたと考えられます。
この時代は豊臣秀吉が天下統一をしたことによって世の中が平和になりました。
それによって都市が栄えたことにより、人口が増えたのではないかと考えられているのです。