安土桃山時代には、まだまだ外来の上手ではなく日本固有の馬、つまり日本在来馬というものが一般的でした。
そのため、安土桃山時代の馬は今の馬よりも小さいという印象持つ人もいるかもしれません。
それはサラブレッドではなく、日本在来場が使われていたからです。
それならば、日本在来馬とは一体どのような馬なのでしょうか。
ここでは安土桃山時代に愛された馬について解説します。
歴史的な流れ
歴史的には、日本在来馬はモンゴル高原から来たと言われています。
古墳時代には家畜馬としてモンゴルからやってきた130cmほどの蒙古系の馬であったと考えられています。
実際に考古遺跡からもそのような馬の骨や歯が見つかっているのです。
この頃は小型の馬が一般的でしたが、奈良時代になると中型の馬が出現するようになりました。
しかし、それでも地方を中心として小型の馬が愛されていたこともわかっています。
北海道には17世紀ごろに馬が用いられていたという記録があります。
北海道に馬が渡ってきた時期は極めて遅いと考えられています。
日本在来馬の由来
安土桃山時代に愛されていた馬は、まだまだ日本在来馬であり、ポニーに分類される旨であったと考えられています。
モンゴルだけではなく、中国や朝鮮半島でも使われていた上手でした。
全体に体が小さく、頭部が大きく、また胴回りが丸々としていたと考えられているのです。
たてがみが豊かであり、足が太くて短いなどという特徴もありました。
もちろん、種類ごとに多少の違いはありますが、在来馬においては毛色にもあまりバリエーションがないと考えられています。
日本在来馬の特徴
安土桃山時代に愛されていた日本在来馬というのは、非常に力が強く、あまり食事をしなくても体力を維持することができたという特徴があります。
消化器官が非常に発達していたため、野の草だけでも育つことができました。
また、寒い地域であっても放牧が可能であり、骨が硬くて丈夫であることからあまり骨折をしなかったと考えられています。
さらに蹄が固いという特徴があったため、北海道など、雪が多い地域の馬に履かせる藁沓を除き、蹄鉄が必要なく、なかなか発展しなかったという特徴もあります。
まとめ
いかがでしょうか。
日本在来馬はサラブレッドとは違い、戦いにはちょうど良かったと考えられています。
健康で多少食事ができなかったとしても問題なく、骨折をしないなんて、まさに戦国時代から安土桃山時代にかけてにぴったりだと思いませんか?